ホーム 04【知る】 三重県に生まれ、そしてゴスペルを歌う―。高尾讓章さんインタビュー。

三重県に生まれ、そしてゴスペルを歌う―。高尾讓章さんインタビュー。

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松阪市飯南町出身の高尾讓章(たかお よしあき)さんは、日本ではあまり馴染みのないゴスペルで活躍の場を広げていらっしゃる方です。ゴスペルに魅了され28歳で渡米。ゴスペルの巨匠ドニー・マクラーキン氏に師事し、ヘゼカイア・ウォーカー氏のクワイアに唯一の日本人として加わり歌いました。黒人音楽の殿堂であるニューヨーク・ハーレムのアポロシアターやカーネギーホールで歌った経験も。

偶然彼のお母さんと知り合う事ができ、その紹介で今回インタビューする機会をいただけました。

 

ー最近の活動を具体的に教えてください。

肩書きとしてはヴォイストレーナーということになると思いますが、現在はバケーション中。今とても大切にしているのは自分磨きです。たくさんの人と接することで、日々の感動を増やしたい。毎日ひとつひとつ、何でも感謝の念を忘れないことを意識して生活しています。歌の技術だけに拘るのではなく、そういった人間らしさが、自分の歌をより良くするものだと思います。

※2016.8.1より三重県で活動。

 

ー数ある音楽ジャンルの中でなぜゴスペルに興味を持たれたのですか?

元々、黒人音楽が好きだったというのもありますが、歴史上の人物に興味があり、特にイエス・キリストに共感したことが原点です。ゴスペルとは「ゴッド・スペル(神の言葉)」の略語です。「敵を愛せ」というイエスの教えが根本にある。キリスト教は時代が進むにつれ、たくさんの派閥が生まれて争いの種にもなっていきましたが、最も重要なのはその原点であって、ゴスペルはそれを人々に伝え、人々を元気づけられる力があります。現代の音楽家ならフジ子・ヘミングさんにとても共感する。彼女は祈りながら、一音一音に色を塗るんです。たとえ耳が聴こえなくなっても、そしていつか死ぬ時が来ても、天国でピアノを弾くんだと。僕もそうありたいと思います。

 

ーイエスへの共感が活動の源泉になっているんですね。

イエスの教えを知って、ユニバーサル・アイデンティティ(直訳すると「普遍的な自己同一性」)な考え方を持つようになりました。イエスはゴルゴダの丘で磔に処される際に、「父よ、彼らを赦して下さい。なぜなら、彼らは何をしているのかわからないからです。」という言葉を残しています。イエスは優しさと厳しさを併せ持った人物で、「私を通じてでしか、決して父の元(天国)には行けない」とも言っていますが、根本にあるものは変わらない。ある牧師は、「全ての人間は宗教に関係なくイエスに愛されているから、全ての人間は救われる。」と説いて糾弾されましたが、彼の言っていることは真実だと思います。

 

ーイエスへの尊敬がとてもよく伝わりました。とても敬虔な印象を受けます。それは小さな頃からですか。

うーん。敬虔なクリスチャンかというとそうではない。やはり尊敬や共感という言葉が正確。イエスは僕の心のオアシスなんです。子供の頃にマンガの聖書を読んだりしましたが、正直に言うと歌を始めた理由はそうではありません。最初は有名になってモテたいとか、お金持ちになりたいという考えがありました。けれど、僕は若いころは高校を中退したり、ヤンチャしたりして周りの人々にたくさん迷惑をかけて、たくさん助けられてきました。いつしか、その恩を返したいと思うようになり、今は「歌」という僕に与えられた才能で社会に貢献したいと思うようになりました。人類は皆仲間、地球人です。世界を音楽で繋げたい。

 

ーそれを今後の活動にしていきたいんですね。

はい。どうしても人間には生活があるから、お金というしがらみからは逃れられません。けれど、それは最低限あれば良い。場所さえあれば誰にでも僕のタラント(才能)・ノウハウを教えられるし、オンラインスクールという形も考えている。そういうことを無料でやりたいと思います。

 

ーえ、無料ですか!?

小さい頃にお金の問題でピアノを習うのを諦めた事があります。それが今でも悔しい。でもそれが無料なら皆どんどん習いに来てくれると思うんです。10人でも100人でも次の世代に歌を伝えて、それで社会が良くなっていくならこんなに嬉しい事はない。そして、オンラインという形なら日本語という非常に繊細で表現豊かな言葉を世界に知ってもらう機会にもなります。

 

ーなるほど。それはイエスの教えだけでなく経験からも思われたことですか?

アメリカに行って感じたことなんですが、日本人は彼らに比べて圧倒的に表情に乏しい。それは労働条件や社会のしがらみもあるのかもしれませんが、みんな疲れているように思えます。マザー・テレサに憧れてインドに行こうとした事もあります。けれども、「大変気持ちは嬉しいが、まずは身近な人たちを助けてください。」という彼女の言葉を理由に断られてしまった。けれど、なるほどと納得しました。だから今は身近で出来ることから始めていきたいんです。アメリカから帰った後は、特別支援学校で音楽の講師を一年勤めました。障害のある子どもたちは健常者と全く同じといえば嘘になります。けれど、僕たちと同じように人権があり、ひとりひとり個性がある。そんな個性の違いを認め合って、音楽で共に調和して感動しあう事ができる。とても貴重な体験でした。

 

ーただ考えるだけでなく、行動したことで今があるんですね。

はい。考え方をまとめてそれを活動に活かしていくことが大事だと思います。カーネギーホール、そして、ニューヨークはハーレムの、黒人音楽の殿堂であるアポロシアターでのオーディションをパスして、あのステージで歌えたことも原動力の1つになっています。今後はとにかく歌という僕に与えられた才能を使って活動を進めていきたい。それで人々を幸せにできたらと思います。

 

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インタビューの後、その歌を聴かせていただく事ができました。インタビュー中は物静かな印象だった高尾さんですが、歌いだすと一変。体の芯から発せられたような響きのある力強い歌声は、高尾さんの確かな経験と才能、そしてその感性に裏付けられたもののように思えました。

 


高尾 讓章

1982年2月4日生まれ。

大学3年の頃からフリーランスのヴォイストレーナーとして活動。

28歳で渡米し、31歳までアメリカで活動。ゴスペル界の巨匠ドニー・マクラーキン氏に師事する。紹介でヘゼカイア・ウォーカー氏のクワイアに入り、唯一の日本人として歌う。カーネギーホールや黒人音楽の殿堂アポロシアターでのオーディションを勝ち抜き歌った事も。

帰国後1年間、三重県立特別支援学校わかば学園で講師を務めた後、東京でヴォイストレーナーとして働く。

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